僕の原点。満足と幸福

心がブレた時に必要なもの、それが原点であり初心だと思っている。


「いけないいけない!」と初心を思い出して心を正す。


今日は僕の原点のお話。



満足感と幸福感は違うと感じてる。


知ってる人も多いだろうけど、僕は昔高級ブランドの服を買いまくってた時期がある。


まるで満たされない心の何かを満たす為に、

狂気的に、


でもいくら高級品を買っても、その満足感はすぐに枯渇した。

麻薬のように、また次の満足感を得るために買い物に出かけた。

買っても買っても満たされない何かがあった。



自己満足には底がない。

「もっと、もっと!もっと!!」という無限地獄が続く。



自分が不幸なのは金がないからだと思い、自分でビジネスを立ち上げた事もある。


寝る間を惜しんで、遊ぶ時間も惜しんで、

これも狂気的に。


それなりに結果は出た。

でも、僕の求めてる「何か」は満たされることはなかった。



何がいけないのか分からなかった。


でもそのまま突き進むしかなく、その果てに自分を見失いかけ、

自分が求めてるものがどうやったら手に入るのか、

それがなんなのか、

自分が何をしたいのか、

何もかも分からなくなっていた。



名古屋の街を一人で歩いている時に友達に偶然会った時に言われた言葉が忘れられない。

「すごい怖い顔してたよ。別人かと思った。」と


自分がそんなにヤバい顔をしていたなんて初めて気づいた。


こんなことなら何も考えず、世の中に流されるまま、生きていた方がずっと楽だったかもしれないと思った。



もう何もかも投げ捨てて終わりにしたい。

でも、僕の心はそれを「負けたらダメ」と言って釘を刺してきた。



勝つ事も負ける事も出来ない自分への絶望を知った。

あの感覚を表せる言葉は「絶望」以外見つからなかった。



そこでようやく僕は立ち止まった。

暴走していた列車が燃料をきらしたかのように、ゆっくりと。


そしてふと、周りを見てみて気づく。


目の前に僕に色々な事をしてくれてる人がたくさんいた事を。



1人で突っ走る僕に沢山の事をしてくれて、思ってくれる近しい人達の存在が、まるで霧が晴れていくようにどんどん見えてきた。


僕は僕の為にしか行動してなかったのに、

人生の時間を削って僕に何かしてくれる人がいる、それがいかに幸福な事かと思った。


その瞬間、僕は知った。

すべて満たされていたのだと。


物欲や、僕すごいでしょ!という承認欲求を満たす事では得られなかった幸福感は、既に手にしていた。


幸福感は得るものではなく、既に持っていて、

それに気づくかどうかなのかもしれない。


僕は人の温かさで救われた。

それに気づけた。


与えられることがどんなに幸せか知った。

当たり前が当たり前じゃなくて、それが幸せなんだと知った。


自分に絶望するほど突っ走った経験は無駄じゃなかった。

血を吐きたくなるほど自分と向き合って、もがき苦しんだ果てに見えた幸福感がある。


社会的に植え付けられた価値観に翻弄されて、自分はまだ足りないと苦しんだ自分は終わりを告げた。


そして思った。


たくさんの人が僕に与えてくれたように、僕もそうしようと。

それが正しい道だとその確信してる。


目の前の人の為に力の限りを尽くそう。

僕が助けられる人がいるなら、力になろう。

それがすぐには感謝されなくてもいい。


僕がそうだったように、その人がいつか色々経験して、

その果てに自分は沢山の人で満たされていたのだと分かった時に、

その沢山の人の内にいれたらそれでいい。


その日から僕の行動が180度変わった。

自分のためではなく人のために行動した。


するといい事がどんどん起きた。



数ヶ月後、人生初のピアノ演奏が決まる。




僕は気持ちがぶれそうになった時、

上記の事と、この日の事を思い出して、心を正してる。


日々生活してたらいい事も悪い事もある。

真剣に自分と向き合えば自分の荒も見えてくる、絶望して疲れる時もある。

そんな時にこの原点を思い出すようにしてる。


すると「ああ危ない危ない。

僕が大事にしたいのはこれだったな。」と背筋を正す事ができる。


自分の満足の為に他人を利用しちゃいけない。

与える事がすべてだと。


そして与えたからといって見返りを求めない。

見返りを求めるのは他人を利用してる証拠だから。


そして他人に対して、すぐに変わってくれと期待しない。

期待は自ら憎しみを生む事を知ってる。


人には人の成長のタイミングがある。

その時に、発動するようにとその人の未来を信頼すればいい。


いつかそれがその人の心の中で花開く日が来ますようにと、その人の未来を信頼する。


たとえその未来を僕が見れなくてもいい、より良い人生を歩んでもらえるならいくらでも僕の持ってるものをあげよう。

この心持ちでいれば必ずいいことが起こると分かったから。



スタートとなったあの日の日記、読み返すと随分つたないものだけど、無修正で最後に残しておく。


この機会を与えてくれたお花の先生には本当に感謝してる。


とてもデリケートで、ナイーブで、ものすごいパワーのある方。(個人的に受けたイメージです)

内面から滲み出る美しさがこの方にはある。



僕が心の底から応援したい人達の1人です。

➡︎フラワーサロンジュリエンヌ

かんとりーまーむ

まーむ=僕 の作る かんとりー=街

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